会社員は退職した翌日に、勤務先を通じて加入していた健康保険の資格を失います。その後も公的医療保険には必ず加入し続けなければなりませんが、どの保険に入るかは自分で選択することになります。
退職後に選べる健康保険は、大きく3つあります。
- 健康保険組合の任意継続 — 在職中の健康保険に最長2年間、引き続き加入する
- 国民健康保険 — 市区町村が運営する公的医療保険に新たに加入する
- 家族の健康保険の被扶養者 — 現役で働く配偶者や子の健康保険に被扶養者として加入する
3つの選択肢には、保険料・加入できる期間・手続き方法でそれぞれ違いがあります。退職時の所得、家族構成、退職の理由によって、どれが有利かは変わります。
この記事では、各選択肢の仕組みと特徴を整理したうえで、選び方の判断軸をまとめます。
選択肢① 健康保険組合の任意継続
制度の概要
全国健康保険協会(協会けんぽ)によると、任意継続被保険者制度は、退職前に継続して2か月以上の被保険者期間があれば、退職後も最長2年間、在職中と同じ健康保険に加入し続けられる制度です。
申請期限は資格喪失日(退職翌日)から20日以内と厳しく定められており、この期限を過ぎると申請できません。退職後の慌ただしい時期に手続きが必要になるため、退職前から確認しておくことが望ましい制度です。
保険料のしくみ
在職中は保険料を会社と折半していましたが、任意継続では会社負担分も含めた全額を自分で支払います。在職時のおよそ2倍になる計算です。
ただし、保険料には上限があります。協会けんぽの場合、2025年4月から標準報酬月額の上限が32万円(2024年度まで30万円)に引き上げられました。退職時の標準報酬月額が32万円を超えていた場合、上限の32万円で計算されます。
保険料率は加入していた健保組合や居住地によって異なります。協会けんぽ・東京都の場合、2026年度の保険料率は健康保険9.85%・介護保険1.62%・子ども・子育て支援金0.23%の合計11.70%となります(介護保険は40〜64歳に適用)。
退職時の標準報酬月額が50万円だった場合、上限の32万円が適用され、月額保険料は32万円×11.70%=37,440円となります。
メリット・デメリット
任意継続のメリットは、在職時と同等の給付内容を受けられる点です。健保組合によっては付加給付(給付の上乗せ)がある場合もあります。また、配偶者など扶養家族がいる場合、被扶養者として一緒に加入させることができます。
一方、デメリットは保険料が在職時の倍になること、そして最長2年間という期限があることです。申請先は加入していた健保組合または協会けんぽになります。
選択肢② 国民健康保険
制度の概要
国民健康保険(国保)は、市区町村が運営する公的医療保険です。退職後に任意継続を選ばない場合や、任意継続の2年間が終了した後には、国保への加入が基本的な選択肢となります。加入手続きは退職後14日以内に住所地の市区町村窓口で行います。
保険料のしくみ
国保の保険料は前年の所得を基に算定されます。料率は市区町村ごとに異なるため、全国一律の金額はありません。
退職直後の初年度は、現役時代の給与所得を基に保険料が計算されるため、金額が高くなりがちです。東京23区相当で試算すると、退職した年の年収が約700万円の場合、国保の保険料は年間約62万円(月換算約52,000円)程度となります(参考値)。
2年目以降、前年の所得が退職後の無職や年金収入に切り替わると保険料は大幅に下がります。同じ条件で無職の年を経た場合、年間約12〜15万円(月換算約10,000〜13,000円)程度まで下がる見込みです。
※保険料は自治体ごとに料率が違うため、退職時に住所地の市区町村窓口での確認を推奨します。
被扶養者制度はない
国保には被扶養者制度がありません。家族それぞれが被保険者として保険料を負担する仕組みです。配偶者や親族を扶養に入れられる任意継続とは異なる点に注意が必要です。
軽減制度の対象に注意
倒産・解雇など非自発的な理由で失業した場合(65歳未満)、国保の軽減制度が使える場合があります。ただし、この軽減制度は定年退職・再雇用契約満了・自己都合退職は対象外です。再雇用契約の満了で退職した多くの60代は、この軽減制度の対象にはなりません。詳細は住所地の市区町村窓口でご確認ください。
選択肢③ 家族の健康保険の被扶養者
制度の概要
配偶者や子など、現役で健康保険に加入している家族がいる場合、その被扶養者として認定を受けることができます。認定されれば、保険料の自己負担は0円となります。
認定の要件
被扶養者の認定には、次の要件を満たす必要があります。
- 生計維持要件: 被保険者(家族)に主として生計を維持されている
- 年収要件: 60歳未満は130万円未満、60歳以上または障害者は180万円未満(かつ被保険者の年収の半分未満)
- 同居・別居に関する要件は、健保組合ごとに異なる
当面無職で年金受給前の60代であれば、年収要件(180万円未満)を満たしやすい状況です。
60代特有の注意点
60代の場合、いくつか注意しておきたい点があります。
まず、年金収入が年180万円を超えると対象外になります。65歳以降に年金を受給し始めた後は、金額によって被扶養者から外れる可能性があります。
また、雇用保険の失業給付を受給している間は、日額3,612円以上(年収130万円÷360日)の給付を受けている期間は被扶養者になれません。失業給付の受給終了後に認定を受ける手順が必要になる場合があります。
退職金などの一時金は通常、年収計算に含まれませんが、認定条件の細部は健保組合ごとに異なります。詳細は家族の加入先の健保組合にご確認ください。
どう選ぶか — 保険料・期間・手続きの比較
3つの選択肢の比較
| 項目 | 任意継続 | 国民健康保険 | 被扶養者 |
|---|---|---|---|
| 保険料 | 在職時の倍(上限あり) | 前年所得連動 | 不要 |
| 加入期間 | 最長2年 | 制限なし | 条件を満たす限り |
| 申請期限 | 20日以内 | 14日以内 | 速やかに |
| 申請先 | 健保組合・協会けんぽ | 市区町村 | 家族の勤務先 |
| 給付内容 | 在職時と同等 | 国保標準 | 家族の健保 |
| 被扶養家族 | 含められる | 含められない | — |
判断の3つの軸
① 家族の被扶養者になれるかどうか
現役会社員の配偶者がいて、被扶養者の要件を満たせるなら、保険料が0円になる被扶養者が最も有利です。この選択肢がある場合は、まず最初に検討することを推奨します。
② 退職時の所得が高いか低いか
協会けんぽの上限(32万円)が適用される高所得層では、初年度は任意継続が有利になりやすい傾向があります。一方、国保は前年所得連動のため、初年度は高く、2年目以降は下がっていく構造です。
③ 退職後の収入見通し
無職期間が長くなるほど、2年目以降の国保は保険料が下がりやすくなります。任意継続の2年間が終わった後の出口も含めて、長期的な視点でシミュレーションしておくと判断しやすくなります。
典型パターンで試算
ケース①:単身世帯(配偶者なし)、退職時標準報酬月額50万円
- 任意継続(協会けんぽ・東京、上限32万円適用): 月37,440円
- 国保初年度(東京23区相当・年収700万円ベース): 約52,000円/月
- 2年目以降の国保(無職): 約10,000〜13,000円/月
初年度は任意継続が月約14,000円安い(年約17万円差)。2年目以降は国保が月約24,000円以上安くなります(年約29万円差)。このケースでは、初年度は任意継続を選び、2年目に国保へ切り替えることを検討するパターンが多く見られます。
ケース②:配偶者が現役会社員、本人当面無職
- 被扶養者: 月0円
被扶養者の条件を満たせるなら、任意継続や国保との比較で年45〜62万円の節約になります。まず被扶養者を検討することが最優先です。
計算例の数値は「協会けんぽ・東京都」「東京23区相当」を前提とした参考値です。実際の保険料は加入先や自治体ごとに異なります。退職前に確認しておくことを強くお勧めします。
退職後の健康保険に絶対の正解はありません。退職時の所得・家族構成・退職理由などによって最適解は変わります。
2026年の制度改正で変わること
子ども・子育て支援金制度の開始(2026年4月〜)
こども家庭庁によると、2026年4月から全医療保険に「子ども・子育て支援金」が上乗せ徴収される新制度が始まりました。
2026年度の料率は0.23%で、2028年度にかけて約0.4%まで段階的に引き上げられる予定です。在職中の健康保険では労使折半ですが、任意継続加入者は全額自己負担となります。協会けんぽ・東京の試算でも0.23%を含めた保険料率を使用した通り、任意継続を選んだ場合の保険料負担は以前より増しています。国保・後期高齢者医療制度については、市区町村ごとに料率が設定されます。
高額療養費制度の見直し(2026年8月〜 第1段階)
厚生労働省によると、高額療養費制度について2026年8月から段階的な見直しが実施されます。主な変更点は次のとおりです。
- 70歳未満の月額自己負担上限を段階的に引き上げ
- 年間の自己負担上限を新設(代表的所得層で年53万円目安、低所得層で41万円目安)
- 所得区分を従来の5区分からさらに細分化(8区分前後)
- 多数回該当の月額上限は据え置き(長期療養者への配慮)
- 年収200万円未満の層は限度額を引き下げ
具体的な自己負担上限額は、厚生労働省の最新資料での確認をお勧めします。退職後は健康面のリスクも変化するため、医療費負担の上限が変わる点は把握しておきたい情報です。
協会けんぽの任意継続上限引き上げ(2025年4月〜 実施済み)
全国健康保険協会によると、2025年4月から標準報酬月額の上限が30万円から32万円に引き上げられました。これにより、高所得退職者の任意継続保険料は以前より上昇しています。
また、健保組合の中には2026年4月から任意継続の標準報酬月額上限を段階的に廃止する動きもあります。加入していた健保組合の対応は組合ごとに異なるため、退職前に確認が必要です。
まとめ — 自分の状況で考える
退職後の健康保険は、任意継続・国民健康保険・被扶養者の3つから選ぶことになります。それぞれにメリットとデメリットがあり、どれが最適かは退職時の所得・家族構成・退職理由によって変わります。
絶対の正解はありません。判断の出発点として押さえておきたいのは次の3点です。
- 被扶養者になれる家族がいるなら、まずその選択肢から検討する
- 初年度は任意継続が有利になりやすいが、2年目以降は国保が安くなるケースも多い
- 2026年の制度改正で全選択肢に変化が生じているため、最新情報の確認が欠かせない
退職予定がある場合は、退職前に保険料の試算をしておくことをお勧めします。不明点は、加入先の健保組合・住所地の市区町村窓口・家族の勤務先に直接確認するのが確実です。
第2シリーズの最終回として、収入が減ってからの家計|60代の私が大切にしている考え方を公開しました。あわせてご覧ください。
注意: 本記事は、一般的な制度の概要をもとに整理しています。健康保険の取り扱いは個人の状況(加入歴・家族構成・居住地など)によって異なる場合があります。詳細については、加入先の健保組合・市区町村窓口へのご確認をお勧めします。
参考情報


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