「本当に好きなこと」がわからないまま定年を迎えた私が、今思うこと

白髪の男性が振り返る後ろ姿 働き方・生き方

「定年後の趣味は何ですか?」

そう聞かれて、ひと呼吸おいてから答える。読書、英語の勉強、YouTube、年に一度の旅行――そうやって並べれば、それなりに「趣味のある人」に見えるのかもしれない。

けれど、自分の中ではいつも引っかかるものがある。「本当に好きでやっているのか?」と聞かれると、はっきり「はい」と言える自信が、私にはない。

会社員人生は長かった。定年を迎えて、再雇用で働き続けて、それから数年。私は今も「実益がないと動けない」性格のまま、何かを始めたり、続けたりしている。

この記事は、そんな「自分が本当に好きなことがわからないまま定年を迎えてしまった」一人として、同じ感覚を持つ同世代に向けて書いておきたい話だ。

「本当に好きなこと」がわからない、という感覚

「趣味は何ですか」と聞かれて、答えに困った経験はないだろうか。

私は、ない。むしろ答えはいくつもある。読書、英語学習、年に一度の旅行、YouTubeでの学び。リストにすればすぐに5つくらい出てくる。

困るのは、その次だ。

それ、好きなんですか?」と聞かれた瞬間に、口ごもる。

好きかと言われると、わからない。続けてはいる。やめてはいない。けれど、「これをやっているときが一番幸せだ」と胸を張って言えるかというと、そこまでではない気もする。

考えてみると、私は若いころからずっと「実益がないと動かない」性格だった。役に立ちそうだから本を読む。仕事に関係しそうだから何かを学ぶ。家族のためになりそうだから出かける。動くきっかけはいつも、自分の外側にあった。

だから、定年を迎えてもなお、自分の純粋な「好き」が何なのか、よくわからない。

これは私だけの感覚なのかと、長らく思っていた。けれど同世代の友人と話してみると、似た言葉が返ってくることがある。「俺も、好きと言われると、ちょっとわからないな」。

たぶん、私たちの世代には少なくない感覚なのだ。「好きで仕事を選んだ人」も「好きで結婚した人」もたしかにいたが、多くの人は「実益」や「役割」を入口に生きてきた。だから、それが外れたあとに「で、君は何が好きなんだ」と問われると、急に答えに詰まる。

20年続けてきた習慣はあった、でも「好きかどうか」は別の話

混乱するのは、ここからだ。

私には、20年近く続けている習慣がある。読書メーターというサービスに、読んだ本を記録することだ。

これは現役のころから続けている。月に何冊読んだ、こんな本を読んだ、と淡々と入力していく。記録は積み重なり、振り返ると自分の興味の変遷が見えるようになった。

20年も続いているのだから、これは間違いなく「好きなこと」のはずだ。普通はそう考える。

けれど、自分の中ではどうもピンとこないところがある。読書も記録も、たしかに苦ではない。でも、誰かに「好きで読んでいるんですか」と聞かれたら、「……うーん、半分は仕事のためでした」と答えてしまいそうな自分がいる。

旅行も似ている。年に一度、家族と遠出をするのが習慣になっている。直近で行ってよかったのは沖縄だった。海も食事も、空気の重さも、現役のときには得がたい時間だった。

ただ、これも、「好きで行っているのか」「年に一度の習慣だから行っているのか」と聞かれると、両方が混ざっていて、はっきりと切り分けられない。

長く続けていることイコール「好き」とは限らないのだ、と数年前に気づいた。続けていることと、好きであることは別の話らしい。

定年後、ようやく本腰を入れられた3つのこと

ところが定年を過ぎてから、自分の中で少しずつ変わってきたことがある。

「実益がないと動かない」性格そのものは変わっていない。ただ、「動く先」が少しずつ自分の内側に近づいてきた気がするのだ。

① 英検準1級から1級へ、本気で挑むようになった

退職して時間ができたあと、最初に手をつけたのが英語だった。

現役のころから「英語をやり直したい」とは思っていた。でも、後回しにし続けていた。それが、退職して数か月後に思い立って勉強を始め、英検準1級を取得した。そして今は、英検1級に挑戦している

教材は市販の英検1級対策本で、単語と英作文の2冊を中心に毎日少しずつ進めている。

これも「実益」がきっかけだ。いつかまた海外旅行に行きたいと思っていて、そのときに英語ができないより、できたほうがいい。動機はその程度の実益でしかなかった。

けれど、続けているうちに、わずかに変わってきた感覚がある。問題が解けるようになると素直に嬉しい。「役に立つから」だけではない、何かが少しずつ混ざってきている。それは、今までになかったことだ。

② ある経済系オンラインコミュニティの学びに、本腰を入れるようになった

もう一つは、現役時代から会員になっていたある経済系のオンラインコミュニティでのことだ。

現役のころは、登録はしていたものの、忙しくてほとんど触れずにいた。情報があることは知っていた。けれど、見る時間も、咀嚼する余裕もなかった。

退職してから、コミュニティ運営者のライブ配信を腰を据えて見るようになった。お金の話、生き方の話、仕事との距離の取り方。現役のころに知っていれば、もっと違う動き方ができたのではないか、と思うことがいくつもあった。

これも、入口は「実益」だった。家計の見直しに役立ちそう。情報を整理したい。けれど、見続けるうちに、「自分のためになる時間を、自分で選んで使っている」という感覚が、じわじわと心地よくなってきた。

③ 社会・経済の解説動画を、時間をかけて見るようになった

それから、社会・経済の解説動画を、YouTubeで時間をかけて見るようになった

現役のころは、ニュースを早足で追いかけて、空き時間に断片的に情報を仕入れていた。今は、ひとつのテーマを腰を据えて、長尺の動画で追える。

これも「情報を知っておくのが、いざというときに役に立つ」という実益から入った。けれど、見終わったあとに、自分の頭の中で考えていることが増えた気がする。実益で始めて、思考の習慣が育ってきた感じだ。

定年後にやり始めたことのほとんどは、こんなふうに「実益で踏み出して、続けるうちに何かが残った」というパターンばかりだ。

「現役中から本腰を入れていれば」という激しい後悔

ただ、ここでひとつ、正直に書いておきたいことがある。

定年を過ぎてから本腰を入れたものについて、私は激しい後悔を抱えている。

「現役のころから、これを少しずつでもやっていれば」と、何度思ったかわからない。

オンラインコミュニティに加入していたのに、私はずっと活用しなかった。情報源はそこにあった。学べる材料は、現役の自分の手の届くところに置いてあった。けれど、目の前の仕事に追われて、後回しにし続けた。

英語もそうだ。仕事と関係しないからと、20年も30年も放っておいた。

退職して時間ができてから「ああ、これは現役のうちにやっておくべきだった」と気づくものが、次々に出てきた。気づくたびに、軽い後悔ではなく、胸の奥がきしむような、もっと重い感情になる。

もし、現役時代の自分に何かを伝えられるなら、私はこう言うと思う。

「いつか時間ができたらやろう、と思っているものこそ、今のうちに少しだけ始めておけ」

1日5分でいい。1週間に1回でもいい。継続している、というだけで、その「習慣の入口」を持っているかどうかで、定年後の景色は変わる。私はそれを、退職してから知った。

これを読んでいる方が、まだ現役の50代後半や60代前半なのであれば、これだけは伝えておきたい。「いつかやろう」のリストを、今、ほんの少しだけ崩しておいてほしい

「本当に好きなこと」がわからなくてもいい、という気づき

もう一つ、最近になって思うようになったことがある。

それは、「本当に好きなこと」がわからなくてもいいのではないか、ということだ。

「実益から入った」と言うと、純粋でないように聞こえる。「好きで始めた」が偉くて、「役に立つから始めた」が劣るような空気が、世間にはある。

でも、実際に動いてみるとよくわかる。最初の動機が何であれ、続けているうちに、自分の内側に少しずつ「好き」が育ってくることがあるのだ。

英語の問題が解けて素直に嬉しい。動画を見終わって考え事が深くなる。記録を続けてきた20年分の本のリストを眺めて、自分はこういうものを読んできたのか、と腑に落ちる。

そういう瞬間に、「これは好きなのかもしれない」という感覚が、後からじわっとついてくることがある。

つまり、「好きが先で動く」のではなくて、「動いてから好きが追いついてくる」こともある。これは、自分でも意外な発見だった。

「自分が本当に好きなことを見つけてから動こう」と思っていると、いつまで経っても動けない。それより、実益でもいい、義理でもいい、流れでもいい、まずは続けてみる。続けているうちに、好きが追いついてくる可能性がある。

それでも追いついてこないなら、それはそれでいい。続けたという事実は残る。

まとめ|趣味が見つからないあなたへ

「本当に好きなこと」がわからないまま定年を迎えた私が、数年経って今思うのは、こういうことだ。

好きが先でなくてもいい。動くが先で、好きは後からついてくる。

「実益から始める」のは、決して恥ずかしいことではない。私たち世代の多くは、そうやって生きてきた。役に立つことを優先して、好きを後回しにしてきた。それを今さらすべて引き受け直そうとしなくていい。今ある「実益のあるやり残し」から、少しだけ手をつけてみればいい

もし、これを読んでいるあなたが現役なら、いつかやろうのリストを少しだけ崩しておいてほしい。退職後の自分が、間違いなく救われる。

私自身も、これからまだ動いてみたいことがある。副業は、何が自分に合うのか、まだ手探りだ。海外旅行にも、できれば行きたい。英語をもう少し使えるようにしてから、と思っている。

ゆっくりでいい。実益から入っていい。好きが追いついてくるかどうかは、後から決まる。

健康については以前の記事(再雇用後の健康管理|60代が仕事を続けるための体づくり)で書いたが、健康と、こうした「動いてみる習慣」は、たぶん同じくらい大事だと、今は思っている。


注意: 本記事は私の個人的な体験をもとに書いています。定年後の生き方や趣味の選び方には、個人の事情や価値観によって正解は様々です。働き方や健康面の判断については、会社の人事担当者やかかりつけ医など、適切な専門家への確認をおすすめします。


Photo by Eky Rima Nurya Ganda on Pexels

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