60代の武器「ポータブルスキル」とは|経験を”翻訳”して持ち運ぶ

キャリア戦略

「特別なスキルなんて、自分にはない」——そう思っていませんか。

長く同じ仕事を続けてきた人ほど、自分の手の内にあるものが見えにくくなるものです。毎日こなしてきたことは、いつのまにか「できて当たり前」になり、わざわざスキルとして数えなくなるからです。

けれど、その「当たり前」のなかにこそ、業種や職場が変わっても通用する力が眠っています。それが今回お話しする「ポータブルスキル」です。

前回までの記事で、自分のできることを書き出す「スキルの棚卸し」や、これからどうしたいかを見つめる「自己分析」を取り上げてきました。今回はその先のお話です。書き出したものの中から「どこでも持ち運べるもの」を見つけ、自分の言葉に翻訳していく——そんな視点をご一緒に考えてみたいと思います。

ポータブルスキルとは何か

ポータブルスキルとは、直訳すれば「持ち運べる技能」です。特定の会社や業界でしか使えない知識ではなく、職場や業種が変わっても通用する、汎用的な力のことを指します。

たとえば、ある製品の社内ルールや専用システムの操作は、その会社を離れれば使えません。これは「専門スキル」や「企業特殊スキル」と呼ばれる種類のものです。一方で、人と人の間に立って話をまとめる力、問題の原因を見つけて段取りを組む力、後から来た人にわかるように教える力——こうした力は、どこへ行っても役に立ちます。これがポータブルスキルです。

近年この言葉が注目されるようになったのは、働き方が多様になり、一つの会社に定年まで勤め上げるという前提が当たり前ではなくなってきたからです。転職、再雇用、副業、独立——どの道を選ぶにしても、「自分が持ち運べる力は何か」を知っておくことが、次の一歩を支えてくれます。

実際、厚生労働省も「ポータブルスキル見える化ツール」というものを公開しています。これは、業種や職種が変わっても強みとして発揮できる持ち運び可能な能力を測定し、自分に合った職務を提示してくれるもので、特に私たちのようなミドルシニア層のホワイトカラー職種を対象に作られています。国がこうしたツールを用意していること自体、この力が世代を問わず大切にされていることの表れだと感じます。

特に50代60代にとって、この視点は心強いものです。年齢を重ねると「新しいことを覚えるのは大変だ」と感じやすいものですが、ポータブルスキルは新しく身につけるものとは限りません。むしろ、これまでの長いキャリアのなかですでに育ててきたものを、見つけ直す作業に近いのです。

60代がすでに持っている代表的なポータブルスキル

では、具体的にどんな力がポータブルスキルにあたるのでしょうか。長く働いてきた人が、知らず知らずのうちに身につけていることの多い代表例を、3つ挙げてみます。

調整力・人と人をつなぐ力

部署をまたいで話を通したり、利害の異なる相手の間に立って落としどころを探したり——こうした調整の経験は、年数を重ねた人ほど豊富です。

若いころは「面倒な役回り」だと感じていたかもしれません。けれど、相手の立場を想像しながら言葉を選び、対立を和らげて物事を前に進める力は、どんな組織でも重宝されます。マニュアルには書けない、人と人の間で育つ力です。

問題を見つけて段取りする経験知

「何かおかしい」と早い段階で気づく感覚や、起きたトラブルにどう手を打つかの引き出しは、長く現場にいた人ならではのものです。

これは単なる知識ではなく、数々の場面をくぐり抜けてきたからこそ身についた「経験知」です。同じような問題を何度も見てきた人は、初めての場面でも「これは前のあれに似ている」と見当をつけられます。先を読んで段取りを組む力は、業種が変わっても応用が利きます。

後から来る人に教え、引き継ぐ力

自分が覚えたことを、後輩や若い同僚にわかるように伝える。引き継ぎ資料を整え、人が変わっても仕事が回るようにする。こうした「教える・引き継ぐ」力も、立派なポータブルスキルです。

教えるには、自分が無意識にやっていることを一度ほどいて、順序立てて言葉にする必要があります。これができる人は、新しい職場でも早く戦力になり、周囲からも頼られます。

ポータブルスキルは「翻訳」である

ここからが、今回いちばんお伝えしたいことです。

ポータブルスキルというと、「これから何か新しいスキルを身につけなければ」と身構えてしまう方がいるかもしれません。でも、私はそうではないと考えています。

ポータブルスキルとは、新しく手に入れるものというより、すでにやってきたことを「翻訳」するものだと、私は考えています。

前回の記事「スキル棚卸しのやり方|50代・60代が『次』を考える前にやる7ステップ」で取り上げたスキルの棚卸しが、自分の経験を一度すべて書き出す作業だとすれば、ポータブルスキルを見つける作業は、書き出したものの中から「会社や業種を離れても通用する形」に言い換えていく作業です。棚卸しが「集める」なら、こちらは「翻訳する」。そう並べてみると、両者の違いが見えてきます。

たとえば「20年間、総務の仕事をしてきた」という経歴は、そのままでは別の場所で通じにくい説明です。でもこれを翻訳すると、「立場の違う人の間を調整し、組織が滞りなく回るように段取りしてきた」となります。後者なら、まったく別の業種の人にも、自分の力が伝わります。

この翻訳の作業において、60代は決して不利ではありません。むしろ逆です。翻訳するための材料——つまり経験の蓄積を、最も多く持っている世代だからです。新しく覚える量で若い人と競うのではなく、すでにある材料をどう翻訳するか。そこに60代の強みがあります。

【体験】私が「当たり前」だと思っていたことが、スキルだったと気づいた話

ここで、私自身の話を少しさせてください。

私はこれまで、事務や管理の仕事を長く続けてきました。なかでも、人事に関わる業務に携わっていた時期があります。当時は、人と人の間に立って話を整理したり、制度の説明を相手に合わせてかみ砕いたりすることを、特別なことだとは思っていませんでした。「そういう役回りだから」と、ただこなしていただけです。

けれど、ブログを始めてしばらく経ったころ、ふと気づいたことがあります。記事を書くという作業は、難しい制度や自分の経験を、知らない誰かにわかるように言葉にし直すことの連続です。これは、かつて職場で説明資料を作ったり、相手に合わせて伝え方を変えたりしていたことと、根っこは同じだったのです。

職場で「当たり前」にやっていた「かみ砕いて伝える力」が、まったく違う場所であるブログでも生きている。そう気づいたとき、自分の手の内にあるものの見え方が少し変わりました。

ブログ運営そのものでも、似た発見がありました。最初は手探りでしたが、続けるうちに「どう書けば読みやすいか」「何を先に伝えれば伝わるか」を自然に考えるようになっていました。これも、もとをたどれば、仕事のなかで培った段取りの感覚が形を変えて出てきたものだと思います。

特別な才能の話ではありません。長く続けてきたことの中に、別の場所でも使える形が混ざっている。それを翻訳して取り出せるかどうか、という話なのだと、私は自分の経験から感じています。

経験を持ち運べる形に翻訳する、明日からの小さな一歩

では、自分のポータブルスキルを見つけるには、何から始めればいいのでしょうか。難しく考える必要はありません。明日からできる、小さな一歩を3つ挙げます。

一つめは、「人から頼られたこと」を思い出すことです。「あの件はあなたに任せれば安心だ」と言われた経験はありませんか。人から頼られる場面には、自分では気づいていない強みが表れています。

二つめは、その経験を「業種の言葉」から「誰にでも伝わる言葉」に言い換えてみることです。さきほどの「総務を20年」を「調整と段取りで組織を支えてきた」と言い換えたように、固有の仕事名を、力の中身を表す言葉に翻訳してみるのです。

三つめは、それを一度、紙やメモに書き出してみることです。頭の中にあるだけでは、ぼんやりとしか見えません。言葉にして外に出すと、自分の持ち運べる力が、はっきりと輪郭を持ってきます。

なお、その翻訳した力を、職務経歴書や面接の場で実際にどう伝えるか——という具体的な話は、また別の機会にじっくり取り上げたいと思います。まずは「自分は何を持ち運べるのか」を、自分の言葉で言えるようにしておく。それが土台になります。

まとめ|60代は、翻訳できる材料を最も多く持っている世代

ポータブルスキルとは、新しく身につけるものというより、すでにやってきたことを翻訳して取り出すものです。

調整する力、問題を見つけて段取りする力、教えて引き継ぐ力——長く働いてきた人なら、こうした力をいつのまにか育てています。それらは「当たり前」のなかに隠れていて、自分では気づきにくいだけです。

新しいことを覚える速さで若い世代と競う必要はありません。翻訳するための材料、つまり経験の蓄積を、いちばん多く持っているのは私たちの世代です。

そうして見つけた持ち運べる力を、再雇用・転職・独立・副業のどこに、どんな配分で活かしていくか。前回の記事でお話しした「働き方を組み替える」という考え方とあわせて眺めてみると、自分の次の一歩が少しずつ形になってくるはずです。

「特別なスキルなんてない」と思っていた手の中に、実は持ち運べる力が眠っている。まずはそこに気づくことから、次の一歩は始まります。


出典


注意: 本記事は私の個人的な体験と、一般的な情報をもとに書いています。キャリアや働き方に関する判断は個人の状況によって異なる場合があります。詳細については、会社の人事担当者や専門の相談窓口への確認をおすすめします。

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