定年後のキャリアを描く|自己分析のやり方と実例

キャリア戦略

「これから、どうしたいですか?」

もし誰かにそう聞かれたら、あなたはすぐに答えられるでしょうか。

私はしばらく前まで、うまく答えられませんでした。定年を迎え、再雇用で働きながら、ふと「自分はこれから、どうしたいんだろう」と考えることが増えてきました。けれど、いざ言葉にしようとすると、何も出てこない。やりたいことが特にないわけではなく、ただ、それを自分の言葉でうまくつかめないのです。

「自己分析」というと、就職活動の学生がやるもの、というイメージがあるかもしれません。でも、50代・60代でこそ、もう一度やってみる価値があると私は思っています。長く働いてきたからこそ見えてくるものがあり、そして「これから」が、若いころとはまったく違う意味を持ってくるからです。

この記事では、定年後のキャリアを描くための自己分析のやり方を、3つのステップで整理します。あわせて、私自身が実際にやってみて気づいたことも、正直にお話しします。きれいな結論にはたどり着いていません。むしろ「まだ探している最中」です。でも、その途中の景色こそ、同じように迷っている方の役に立つかもしれないと思っています。


定年後のキャリアを「描く」とはどういうことか

「キャリアを描く」と聞くと、白いキャンバスに、これからの未来を新しく描き込んでいくようなイメージを持つかもしれません。やりたいことを見つけて、目標を立てて、そこに向かって進んでいく——そういう前向きな絵です。

でも、50代・60代の私たちにとって、それは少し現実離れしているように感じます。私たちにはもう、何十年分もの来し方があります。まっさらなキャンバスではなく、すでにたくさんの線が引かれた一枚なのです。

だから私は、定年後のキャリアを描くというのは、白紙に未来を描くことではなく、これまで歩いてきた道を見つめ直す作業なのだと考えるようになりました。

すでに引かれた線をたどっていくと、自分でも気づいていなかった「ひとつの流れ」が見えてくることがあります。ばらばらに見えた経験が、実は同じ方向を向いていた。あるいは、若いころに「選ばなかった道」が、形を変えて今の自分につながっていた。そうした発見の先に、「だったら、これからはこちらに進んでみようか」という方向が、少しずつ浮かび上がってくる。

未来は、過去の延長線の上に描かれます。新しい自分を探すのではなく、これまでの自分を読み直す。それが、この年代の自己分析なのだと思います。

実際、定年後も働く環境は少しずつ広がっています。厚生労働省の調査によると、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は3割を超えました。働く場が増えていく一方で、「では自分はどう働きたいのか」を考える機会は、案外少ないものです。マイナビの調査でも、シニアが充実したセカンドキャリアを描くには、自分の働き方を内省し、これからの選択肢を具体化していくことが必要だと指摘されています。場が広がる時代だからこそ、自分の内側を見つめ直す作業が、いっそう大切になっているのだと思います。


自己分析の3ステップ

では、具体的にどう進めればよいのか。私が実際にやってみて、これは使えると感じた手順を、3つのステップにまとめました。特別な道具はいりません。紙とペン、あるいはスマートフォンのメモがあれば十分です。

ステップ1:来し方を振り返る

まず、これまでの自分の歩みを、時間の流れに沿って書き出します。

学校を出てから今まで、どんな仕事をしてきたか。どんな部署で、どんな役割を担ってきたか。転機になった出来事は何だったか。細かく書く必要はありません。大きな流れがつかめれば十分です。

ここで大事なのは、「できたこと」だけでなく「どう感じていたか」も思い出すことです。あの仕事は手応えがあった、あの時期はつらかった、この役割は意外と好きだった——そうした感情の記憶が、後で効いてきます。

前回の記事「スキル棚卸しのやり方」では、自分の「できること」を整理する方法を紹介しました。この記事の自己分析は、その続きにあたります。棚卸しで「手元にあるもの」を並べたなら、今度は「その手元を使って、自分は何をしたいのか」を考えていく。順番に取り組むと、より深く掘り下げられます。

ステップ2:「選ばなかった道」を思い出す

これが、私がいちばん大切だと感じたステップです。

人生には、進んだ道と同じくらい、選ばなかった道があります。やりたかったけれど諦めたこと、別の選択肢があったのに進まなかった方向、「あのときこうしていれば」と今でもふと思うこと。

そうした「もう一つの道」を、責めるためではなく、ただ思い出してみるのです。なぜそれに惹かれたのか。なぜ進まなかったのか。そして——ここが肝心なのですが——その「選ばなかった道」と「実際に歩いた道」は、本当に無関係だったのか。

意外と、地続きだったりします。同じ興味や性分が、別の入り口から表れていただけ、ということが少なくないのです。私自身がそうでした(詳しくは後ほどお話しします)。

ステップ3:価値観の軸を言葉にする

ステップ1と2で出てきたものを眺めながら、「自分は何を大事にしてきたか」を言葉にしていきます。

たとえば、手応えを感じた仕事に共通するものは何だったか。つらかったけれど続けられたのは、何が支えていたからか。「選ばなかった道」に惹かれた理由の奥には、どんな価値観があったか。

完璧な言葉にする必要はありません。「人の役に立っているとき」「ひとつのことをやり遂げたとき」「新しいことを学んでいるとき」——そんな素朴な言い方で十分です。これが、これからの方向を選ぶときの「軸」になります。


私が見つめ直して気づいた「これから」の問い

ここからは、私自身が実際にこの作業をやってみて見えてきたことを、正直にお話しします。

振り返ってみて、まず思い出したのは、若いころに「選ばなかった道」がいくつもあったことでした。ある国家資格を目指して勉強していた時期があったのに、生活の事情で諦めたこと。簿記をもっと深めていれば、専門職への道もあったかもしれないと、今でもときどき思うこと。教員免許を複数取ったのに、その道には進まなかったこと。

そして、それと結びついて思い出すのが、学生時代の優秀だった同級生たちのことです。彼らはそれぞれの分野で、しっかりと道を進んでいきました。私は今でもふと彼らを思い出し、自分は彼らに追いつけたのだろうか、という引っかかりが、心のどこかにずっと残っているのです。

正直に言えば、これはちょっとしたコンプレックスです。長く心の隅に置いてきた、消えない引っかかり。

でも、自己分析を通してこの気持ちを見つめ直したとき、ひとつのことに気づきました。この引っかかりは、裏を返せば「自分も、自分なりのやり方で、何かを成し遂げたい」という願いだったのです。誰かと同じ土俵で競いたいのではない。自分のコンディションに合った、自分に適したやり方で、何かをやり遂げたい。その気持ちが、ずっと自分を動かしてきたのだと、ようやく言葉にできました。

実際、その願いは形を変えて今も続いています。長年取り組んできた英語の検定試験は、ひとつ上の級にもう一度挑戦しているところです。このブログも、自分の経験を言葉にして残す、小さな挑戦のひとつです。「もう一つの道」を諦めた気持ちは、消えたわけではなく、別の形で前に進む力に変わっていたのだと思います。

では、その「成し遂げたい何か」とは、具体的に何なのか。

——実は、まだはっきりとは見えていません。

これが、私が自己分析をやってみて行き着いた、正直なところです。「これだ」という目標が定まったわけではありません。

でも、それでいいのだと、今は思えるようになりました。大事なのは、答えを出すことではなく、「自分はまだ何かを成し遂げたいと思っている」という問いを、自分の言葉にできたことです。問いさえはっきりすれば、あとは続けながら探していけばいい。答えは、続けているうちに見えてくるかもしれない。

自己分析とは、答えを出す作業ではなく、問いを自分の言葉にする作業なのかもしれません。


見えてきた「軸」をどう言葉にするか

私の例を通してお話ししたように、振り返りのなかで何かが見えてきたら、それを短い言葉に置き換えてみることをおすすめします。長い文章である必要はありません。むしろ、ひとことで言えるくらいに削ぎ落とすほうが、後で思い出しやすくなります。

私の場合なら、「自分に合ったやり方で、何かをやり遂げたい」という一文に行き着きました。あなたの場合は、まったく違う言葉になるはずです。「穏やかに人と関わっていたい」かもしれないし、「これまでの経験を誰かに渡したい」かもしれない。「もう肩の力を抜いて過ごしたい」というのも、立派なひとつの軸です。

言葉にするときのコツは、「べき」で考えないことです。「こうあるべき」「この年齢ならこうすべき」という外からの基準ではなく、「自分はこうしたい」という内側の声を拾う。自己分析で出てくる軸は、誰かに見せるものではありません。自分だけが知っていればいい、自分のための言葉です。

それに、この軸は一度決めたら終わり、というものでもありません。状況が変われば、軸も少しずつ変わっていきます。今の時点での「仮の軸」を持っておく。それで十分なのです。


描いた方向を、明日からどう小さく試すか

軸が見えてきたら、最後に、それを小さく試してみることをおすすめします。

大きく動く必要はありません。転職する、独立する、新しい資格を取る——そういう大きな決断は、急がなくていい。むしろ、日々のなかでできる小さな一歩のほうが、続けやすく、確かめやすいのです。

たとえば「学んでいたい」という軸が出てきたなら、興味のある分野の本を一冊読んでみる。「人と関わっていたい」なら、地域の活動に少し顔を出してみる。「経験を残したい」なら、私のようにブログを書いてみるのもいいでしょう。

やってみると、「思っていたのと違った」と感じることもあります。それも大事な発見です。やってみて初めて、自分の軸がもう少し正確に見えてくる。自己分析は机の上だけで完結するものではなく、試しては修正していく、行ったり来たりの作業なのだと思います。

そして、その繰り返しのなかで、最初は漠然としていた「これから」が、少しずつ輪郭を持ち始めます。私もまだその途中ですが、以前よりは、自分の進みたい方向が見えてきた気がしています。


まとめ:「描く」は、来し方を見つめ直すことから始まる

定年後のキャリアを描くというのは、まだ見ぬ未来を白紙から構想することではありません。来し方を振り返り、選ばなかった道を思い出し、自分が大事にしてきた軸を言葉にする。すでに引かれた線をたどるなかで、これからの方向が少しずつ見えてきます。

そして——これがいちばんお伝えしたいことですが——その方向は、はっきりした答えである必要はありません。私自身、まだ探している最中で、きれいな結論は出ていません。それでも、「自分はまだ何かを成し遂げたい」という問いを自分の言葉にできただけで、足元が少し定まった気がしています。

答えは、続けているうちに見えてくるのかもしれません。以前の記事でも書きましたが、大きく動かなくても、続けているうちに静かに見えてくるものがあります。だから、急いで出さなくていい。

「これから、どうしたいですか?」

この問いに、今すぐ完璧に答えられなくても大丈夫です。問いを持ち続けること、それ自体が、もう自己分析の第一歩なのですから。


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